思い出のスナック「サンズ」

マレーシアは一年中、暑い。季節感が無くなるから、なんとなくダラダラと過ごしてしまう。今日もフリーシャトルバスで、ランチがてら、近所のショップロットへ出向いた。

バスで移動中に車窓からマレーシアの街中をボゥーと見ていると、ふとSun’sという看板を見て、懐かしい思い出であるスナック「サンズ」を思い出した。

スナック「サンズ」

とは、新卒社会人から20年以上も通ったスナックだった。もう10年以上も前に閉店してしまっていたのだけれど、社会人になって、当時の先輩に連れられて行ったこじんまりとした渋谷のスナックだった。渋谷コスモビルに入っているお店で、ママさんとアルバイトの女の子がいるカウンター席が10席くらいの対面型お店だった。

新卒社会人の当時は今でいうブラック企業でソフト開発エンジニアだった。残業も月150時間以上は平均で行っていて、家に帰れずに、先輩と渋谷で食べ歩き、最後にスナック・サンズで閉店(大体AM2時前後)まで飲んで、その後は渋谷のサウナで朝を迎えるという生活パターンだったな、これも今となってはノスタルジックな思い出だ。

最初のブラックSIで仕事をしつつ、数年がたち、会社が粉飾決算による民事再生になったのを機に外資系企業に転職した。勤務地が渋谷から離れてしまったが、ママさん引退による閉店まで20年間以上通い続けたお店である。

渋谷辺りで飲んだ時はもちろんのこと、神楽坂や赤坂見附あたりで食べ歩きしてからでも最後には、タクって、いくどか止まり木のように、渋谷から離れても毎年数回以上は、飲みに訪れたところだった。

当時の記憶をたどってみると、ママさんは、北海道出身で、夫のDVで東京に子供と共に避難して、生活のためにスナックをオープンというエピソードだと思う。

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その後、渋谷のスナック「サンズ」が閉店してしまったあとは、神楽坂、赤坂見附、新宿など方々で食べ歩きしながら飲んでいたが、サンズのように通うようなお店もなかなか発見できずにいた。

銀座BAR 「BRICK」と「Bar5517」

ブラックSIから転職後の外資企業では、ITが花開いたばかりであり、一人バブルという感じでイケイケの営業であった。当時はまだ、バブル崩壊したばかりだったので、銀座は、いまだに活気があった。

偶然に私の取引先にいた同じ大学出身の先輩の人材紹介要請があり、友人を紹介したところ、友人がトラック配達の運ちゃんから、そのIT商社に運良く転職でき、彼とよく待ち合わせに使ったのが、並木通りにあったBAR「BRICK」であった。1990年代によく通ったお店で「Bar5517」というお洒落バーも当時はよく通ったお店で懐かしい。

スナック「ほりえ」

スナックは今はもう廃業してしまったが丸源ビル53に入っていた「ほりえ」というお店に親友とよく通った。ここのマスターが今で言うバイにあたるので、私が気に入られてしまったらしく、学割みたいな料金で飲ませてもらったこともあった。銀座なのに場末のスナックのようなチーママ「よしこ」さんがいたのを思い出した。とても懐かしい思い出だ。

その後、一時期は、赤坂エリアに行ったり、食べ歩きでは、神楽坂にもよく行った。そのうちに世田谷から引越して山手線内の左門町に住むようになり、自宅から徒歩で行ける四ツ谷荒木町界隈で飲むようになった。

荒木町「プチ・ジュコン」

荒木町ではプチ・ジュコンというスナックを発見し、様々な友人と飲みに行った。まだお店は健在だと思うが、ここのママさんはドスコイって感じの恰幅の良いママさんで、以前は六本木でお店をやっていたそうだ。

「プチ・ジュコン」だけでなく荒木町にも友人たちと食べ歩き、そして飲みに行った様々な思い出がある。神楽坂、新宿もしかり。が、それらのエピソードについては、機会があったら記載したい。

どちらもとても懐かしい思い出だ。

ノスタルジックな気分になったのは、マレーシアの気候のせいなのだろう。